2005年10月07日

スポーツ選手のオーラについて

 先日、あるスポーツ指導者と飲んだ。
 その時、話題に出て盛り上がったのが、スポーツ選手のオーラについてだ。
 ほぼ、意見が一致したので、その内容を書く。

 まず、強さがオーラになるということだ。
 強いということは、それなりの厳しい練習を積んでいるわけで、それが試合の時の「負けるはずがない」という裏づけになって堂々たる態度に表れる。当然、フォームもきれいで力強い。また、そのくらい競技に力を入れていれば、使う道具やウエアも一級品を使う。そうしたもろもろが、相手に「とてもかなわない」と思わせるオーラになる。

 こうしたオーラ発射合戦は、たとえば中学の部活の市大会レベルから始まる。
 そこで一番オーラを出していた選手が、県大会に進み、地方大会に進み、さらに勝てば全国大会までいく。それが、高校、大学と続き、オーラ合戦で勝ち抜いた者が社会人の選手やプロになったりする。ここまでくると、周囲はそれまでオーラを出しまくっていた選手だ。その中で、一歩抜きん出るには、さらなるオーラを出さなければならない。スターになるのは並大抵のことではない。

 たとえば長嶋茂雄。「ミスターオーラ」といってほど、オーラを発散し続けたスーパースターだが、それを意識して見せる演出もしていた。ヘルメットは1サイズ大きめのものをかぶり、フルスイングすると脱げるようにしていたそうだ。
 ただでさえ華のある選手に、そんな工夫をされたら、凡庸な選手はかなうわけがない。
 同時期のもう一人のスーパースター・王貞治は、華では長嶋にかなわないと思ったのだろう。ひたすらホームランを打ち、記録を作ることで自らのオーラにした。

 ということで、スポーツ選手がオーラを出すには、持って生まれた才能ももちろんあるが、それに加えて努力や自己演出も必要だという結論に達した。

 それで思い出したのだが、昔、東京は環状8号線沿いのバイク屋を取材したことがある。
 輸入高級車の店で、店内にはひときわ目立つ金色のハーレー・ダビッドソンがあった。
 あんまり派手なので、「こんなバイク、買う人いるんですか?」と店員さんに聞いたら、「これ、小林旭さんのバイクで、今、修理に出されているんです」という答えが返ってきた。

 小林旭といえば昭和映画史に燦然と輝くスターである。そのスターは日常生活でも目立ちに目立つ金色のバイクに乗っている。「これがスターというものなのだ」と感動した覚えがある。

 今のタレントの多くは、プライベートはなるべく目立たないようにしている。帽子をかぶったり、サングラスをしたり、目立たない服装をしたり…。プライベートの時間まで干渉されるのは鬱陶しいのかもしれないが、なんか物足りない。だから、ホンモノのスターと呼べる人があまり見当たらないのではないだろうか。

 これはプロスポーツ選手も同じだ。
 オーラというものは、何かを犠牲にしてでも自ら作り出すもの。そう思っている。

 その意味で、今一番オーラを発しているスポーツ選手は…
 
 何人か、名前は浮かぶが結論は出ない。
 それについては、また明日。



posted by アイザワ at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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